2020 例大祭日を迎えて

 2020年初頭より世界的に猛威を振るっている武漢コロナウイルスの影響により夏に開催される予定だった東京オリンピックをはじめ各種イベント業界、観光業界は大打撃を受け続けてあっという間に10月まで来てしまった。
 
10月は本来、当地・瀬戸内であれば多くの神社で五穀豊穣・大漁祈願を願う例大祭が執り行われ、神輿・太鼓台が街を練り歩く。
それが当たり前だと思っていた。小さい頃には10月には太鼓が出て、街の誰もがお祭りに酔いしれて熱狂する。それは1年に1回必ず訪れるものだと思っていた。

今、私は憚らずも「祭礼装飾の下絵師」を名乗っており
その傍らで自身の所属する太鼓台の運営組織にも属している。年がら年中祭り、太鼓台の事を考えているから特に1-9、11-12月と10月にテンションの差は無いのだ。
逆にそれらの構想の時間や発想が妨げられない分、正直、例年通りの例大祭が執り行われないという事を受けて少しほっとしている自分もいる。
単純に自由な時間が増えたからだ。
製作に力を注ぐ事が出来る、睡眠時間は例年の5倍に増えた。何十年もあるうちの1年だから1年くらいと思っている自分もいる。
祭りをやりたい気持ちがない訳では無い。
今更決まった事、過ぎた事を言っても出来ないものは仕方ないのだ。


現状、当地の感染拡大状況から考えてイベント面は無理としても太鼓台を動かす程度の事くらいなんら問題無いのだ。
衛生面を徹底し、町の人間が担いて町の人間に喜んでもらう。この地域の地方祭が長らく続く部分の根幹に当たることだ。
しかし、行わなかった。我々は「感染拡大防止の為、太鼓台の運行を自粛する」と、ある程度の時期にどの団体も決意したのだ。その時も今も私はこれに対する決定を支持する。
その決定こそが、多様的にコロナウイルス感染拡大と地方祭のもつ多くの側面を照らし合わせた時に、最も適切な対応だったからだと考える。

今年は町の人にしか見せるつもりは無い展示や自治会のイベントだと周知しても、遠方から「わざわざ」足を運んで、見に行く人間もいる。

今年度の例大祭日を迎えるにあたり「今年の例大祭において我々はどうあるべきか」という協議が行われた。色んな意見がある中で太鼓台を組み立てて必要最低人数で可能な時間だけでも地元回りをしよう!という意見があった。
その意見が悪いとかおかしいと思う訳では無い。
しかし
私は前述の「わざわざ」に当たるような人間が、snsで情報を知り、呼んでもないのにやってきてもしコロナウイルスを地元に持ち込んだらと思い、組み立てに対し反対の手を挙げた。

私は比較的早い段階(世界で最初に武漢で発生した時から)コロナウイルス問題には着目していた為、2月の終わり頃の時点で今年の秋祭りは執り行えないと踏んでいた。
何なら現状は100点のレベルである。経済は停滞しつつも何とか社会としての機能を維持できている。
アフターコロナの時代に我々は片足を突っ込んでいるのだ。「これまでどうあったか」だけではもう伝統は継承できない時代になりつつある。



「これからどうあるべきか」
この虚しい夜の思いは、これからそれを考える力の糧になると信じている。
 
 最後になりますが、全国各地において祭礼文化の継承に尽力されております皆々様方の御健康と御多幸、
アフターコロナにおいても、これまで同様に日本の素晴らしい「祭り」「神様を想う心」が継承されていきます事を心からお祈り申し上げます。

Studio"蒼虎"

Studio"蒼虎"は瀬戸内地域周辺の太鼓台、山車に使用される飾り幕、彫刻などの図柄の研究、また古より伝わる図柄を使用した作品を手掛けております。

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